1番 那智山 青岸渡寺

南河内の西国巡礼三十三度行者を調べた縁で、三十三所めぐりを思い立った。平安末期の院政時代に、上皇・貴族階級の熊野詣の隆盛をみた熊野浄土思想は、自己の犯した罪穢を滅して、死後に受ける苦しみを生前にはたす減罪の苦行を前提とし、その後阿弥陀如来に現世安穏・後生安楽を約束してもらう信仰であった(五来重「熊野詣」)。

そのような熊野信仰が全国的に流布展開し、一般庶民化した形成過程とその本質についての考察は、まだ充分になされていない。しかし、伝播・管理にたずさわった聖(ヒジリ)宗教者の範疇に属する、熊野三山に存在していた本願というものがあった。那智山の本願については、青岸渡寺文書「本願中出入証跡之写」という史料がある。

本願は那智山の社殿の修理再興を行う機能を有し、聖の諸国勧進による奉加銭によって造営修復を行っていた。近世に入り、幕府や紀州藩の宗教政策を背景に神道化し、社家によって本願の勢力が抑圧された。「本願中出入証跡之写」は、その公事訴訟に本願側が提出した資料である。本願の一つ那智阿弥は,如意輪本堂(青岸渡寺)の本願として建立や修理復興にさいし資縁勧進していた。当然私ごときが見せてもらえる史料ではない。
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ということで、紀伊勝浦8時25分のバスで一路終点の那智山へ。私は那智山終点まで乗車し、大社や青岸渡寺から那智の滝まで歩いたが、それだけでポロシャツは汗でびしょびしょになっていた。乗客の中には(ほとんどの人)大門坂で下車し、熊野古道大門坂を歩かれる人がいた。夏場に歩く時は大量の汗が出るので着替えが必要です。
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青岸渡寺では初めて朱印帳を購入した。その後、那智神社、那智の滝を見学して10時10分に那智の滝前からバスで下山し、那智駅で下車した。那智駅の近くに本願だった浜の宮補陀洛山寺がある。「補陀洛渡海」の宗教行事をした浜辺は、那智駅の裏に広がり海水浴客で賑っていた。
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那智駅には「那智駅交流センター」があり、冷房もばっちりと効いている。資料展示や畳敷きの休憩場もあり、センターの2階には温泉「丹敷の湯」がある。また道の駅にもなっていて、地元の農産物やお弁当なども置いてある。軽食&喫茶の室内レイアウトは変わっているがお店もあり、私はここでカレーライスと缶ビールで食事を済ませた。道の駅では車内で食べるメハリ寿司を購入し、交流センターで涼んでいた。11時47分発の紀伊田辺行きまで、1時間30分ほどのんびりと過ごせた。紀伊勝浦で過ごすより充実していたと思う。

紀伊勝浦のバス乗り場の隣の喫茶店では、500円でモーニングを出していた。私は同じ並びのKIOSKで牛乳とアンパンを買ってしまって利用していないが、知っていれば冷房の効いた室内で朝食を摂っていた。

JRの電車は、新宮ー紀伊田辺間は約2時間に1本、紀伊田辺ー御坊間が1時間に1本、御坊ー和歌山間が30分に1本と、和歌山に近づくほど列車の本数が増えてくる。青春18メンバーは普通車しか乗れないので、御坊で30分休憩し帰路についた。車内に私一人だけという時間が長く続く状態なので、席取りで慌てることもない。



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